尖閣列島に助っ人に行く船団ではない、新潟港から日本海に出る船団だ

尖閣列島に行く船団ではありません、新潟港から日本海に出る船団です。すごい活気ある新潟港ですね。
にいがた文明開化ハイカラ館』に昭和8年の当時はやった鳥瞰図「国際港大新潟」(常光画)が説明されています。 2枚続けた地図をみてください。 右上はるかに東京。左上にはハルピン、ウラジオまで見えます。
アップの地図を載せます。
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『1931年(昭和6年)9月1日に上越線が全通し、その後満州国が建国されて新潟市の新潟港(のちの新潟西港)から雄基・清津への航路が開設されると、東京から満州国の首都新京(現、長春)への最短路として東京 - 新潟 - 雄基(後に羅津へ変更) - 新京のルートが注目されるようになった。そのため、新潟 - 羅津間航路には新型船が多く投入されて本数も増やされた。それにつれて船舶との連絡至便を図り新潟港近くへの直通列車を走らせる構想も高まり、1940年(昭和15年)10月より下りに限り新潟港近くまで引かれた専用線を使用して、新潟駅手前の沼垂駅(現、貨物駅)で急行列車の一部車両を切り離す形で、新潟港への列車の直通運転を開始した。1942年(昭和17年)には鉄道省が専用線を買い取って、新潟港の中央埠頭近くに新潟港駅(にいがたこうえき)を設けたので、直通車両も新潟港駅までの乗り入れの形になった。しかしまもなく戦争の激化で航路の運行も難しくなり、この船舶接続列車も翌年2月の段階で消滅した。』(ウィキペディア)
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   西堀の桜を中心とした界隈の新潟今昔写真展 開催 
   古い地図も展示してあります。
   「白山・西堀・古町にいがた今昔写真展」    
      11月4日(木)~11月23日(火) ギャラリー蔵織
新潟市中央区西堀に東京オリンピックの前までは
堀の両岸に桜並木があって、春には満開の桜のトンネルになっていました。

by moekire | 2010-11-07 02:08  

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