小国の真福寺の木喰・仁王像(阿形・吽形)と長谷川邸も見学・・・・
真福寺の山門はすでに冬支度がされていました。
文化元年(1804)、長岡市小国の真福寺を訪れた木喰上人は、仁王尊の巨像を一木造りで彫り上げた。1本のケヤキの木から作られた、阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)はそれぞれ2m40cm余りもの高さがあり、木喰仏の中でも最も量感あふれるものだ。固いケヤキを使っているにも関わらず、87歳の木喰上人は10日間あまりでこの2体を完成させたという。百貫以上もの木を相手になぜ一人でできたのか、未だ謎だが木材を池に浮かべてくるくると回しながら彫ったという伝説もある。その表情は一般的な仁王とは印象が違い、どことなく愛嬌があり、ユーモラスだ。(新潟県公式観光ガイド)
山門天井
404号線途中の長谷川邸も見学
武士の出身といわれる長谷川家が、塚野山に居を構えたのは江戸時代の初め頃です。以来山村地主としての地位を固め、代々庄屋を勤めてきました。幕末から明治にかけては近郊4か村の耕地や山林の7割を独占し、180町歩余の田から4000俵もの小作料をあげた豪農です。
敷地は街道に面した間口約70メートル、奥行120メートルと広大な物で、周囲に濠をめぐらせているのが特徴です。主屋は宝永3年(1706)の大火で類焼し、享保元年(1716)に再建されたと伝えられています。邸内には県内最古の豪農の館であることを示す建築様式が随所にみられます。(長岡市・観光)
つづく「アオーレ長岡」のナカドマがハレの空間なら、『長谷川邸』の享保の『中土間』は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の時空だ。
by moekire | 2011-11-26 01:09