1978年12月12日は間章の命日。みぞれの中、勝楽寺へ墓参りへ

間章は1946年に生まれ、亡くなった時が32才で、死んでから35年が経った。
1978年12月12日は間章の命日で、みぞれ混じりの日暮れ時、墓参り(勝楽寺・西堀8)に行ってきた。向かいのビルの窓明かりの反射か? 墓石が変に光っていた。
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帰りに、駅南ケヤキ通りのカフェドラペさんによった。マスターの安宅さんと間章の話をしながら、吉沢元治のベースソロ、『インランド・フィッシュ』を全曲聞いていた。 こういう日は、2曲目の『窓』が一番いい。
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間章のプロデュースで、1974年(新宿安田生命ホール)、吉沢元治ベースソロコンサートが開かれた。当時はベースソロでも400人以上入が集まった。
翌年『インランド・フィッシュ』LP盤のイラストを描き、私のおやじにINLAND FISHと筆文字で書かせた。
写真は『インランド・フィッシュ』復刻CDと間章のお父さんのマイカップ。
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お父さんは昔から、ラペさんに珈琲を
飲みにきていて、脳溢血で 半身麻痺になった後も、ベガーズの亀田さんのフォローで飲みに来ていたという。亡くなった後、カップだけが残され、今もラペさんに飾ってある。オールドビーンズにはちょうどいいサイズで、ロイヤルコペンハーゲンと並ぶと高価に見えたが、底を透かすと芸者さんが笑っている。外人向けのお土産カップで、章のお父さんの茶目っけぶりがうかがえる。
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間章のお父さんは高度成長期の『一人不動産屋』で、どういうわけか、幼い章をよく連れて飲み歩き、父が帰るまで、店の外か、店内の隅で待たされていたと、間章は話してくれた。喫茶マンハイムのオーナーだった母上はどうしていたのだろう。店がいそがしく、夜の子供たちは父親任せだったのだろうか。
妹が20代で、間章が32才で亡くなった。その後両親も墓に入いり、後から誰も入ることのない墓が寒さに発光していた。


間章(あいだあきら)
http://ja.wikipedia.org/wiki/間章

吉沢元治 - Inland Fish (1974)
http://www.youtube.com/watch?v=Cxf7qKpn6vg
2番目の『窓』は先回、蔵織での『やまいを舞う』で渋谷陽菜さんに踊っていただいた。


1978年12月12日は間章の命日―その②へ 
『なしくずしの死』は『なし崩し的な死』か?




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by moekire | 2013-12-15 12:21 | 新潟市のこと  

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