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旧黒埼大野町のアールデコ調の『白井時計店』

カメラマンの剱(つるぎ)さん紹介の旧黒崎大野町にあるアールデコの『白井時計店』に行ってきました。
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夕方、近くに用があったので『白井時計店』をのぞいてみました。なかなか風情のある建物で、内部は漆喰塗りの壁・天井でした。当時としては天井が高く、アールデコ風のコードペンダント照明が吊るされていたのでしょう。(今は写真のような和風の照明)白壁は年代を物語っています。暖房の煙とタバコのやにで薄黒くなっていますが、木造建築の割には下地がしっかり作ってあり、壁・天井ともひび割れはほとんどありませんでした。
いろいろな掛け時計が飾られ、販売された後がはっきりわかります。なかなかよい雰囲気の空間でした。
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by moekire | 2011-01-27 09:31  

新潟のアール・デコの影響を受けた建物の 写真は

小林かいちと日本のアールデコ展 」1月6日(木)~2月6日(日・最終pm5:00)

アール・デコ 大正・昭和初期
明治以降の日本は、新しい産業が興り、呉服屋であった老舗は「百貨店」となり、大衆の生活様式を変貌させた。都市を背景にした大衆文化が成立し、全国へ波及した。
19世紀末の西欧では、王侯貴族が凋落し、商業、工業化で力を付けた中産階級が都市文化の主役となった。そんな中産階級の自己表現が古典様式にとらわれない新しい芸術「アール・ヌーヴォー」だった。それらは植物などの有機的なデザインを駆使し、ガラス、鉄などの新素材を使った新しい生活表現として建築や室内装飾などにひろまった。 
その後、1910年代半ばから1930年代にかけて、西欧、アメリカでは工業化の発展とともに、都市消費文化が開花した。それらは有機的なデザインの「アール・ヌーヴォー」ではなく、自動車などの大量生産しやすい直線や円の組み合わせのデザイン「アール・デコ」が好まれた。 勃興し始めた大衆文化の活力と共鳴し「アール・デコ」は世界的に受け入れられていった。
日本は、それより早く、19世紀中頃の万国博覧会出品作品などが、西欧に「ジャポニズム」として影響を与えていた。それは広重を模写したゴッホ、着物を着た夫人を描いたモネに代表されるように、印象派やアール・ヌーヴォーの作家たちに影響を与えた。 しかし1900年のパリ万国博覧会では日本の出品物は酷評されてしまい、明治政府は輸出振興のためにデザインの必要性を認識した。

 1925年(大正14年)、現代産業装飾芸術国際博覧会(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes)がパリで開催され、この時のArts Décoratifsから「アール・デコ」という呼び名が世界中に知られていった。
 1925年(大正14年)の日本はNHKのラジオ放送が始まり、「大正
ロマン」「大正デモクラシー」の開花と「軍事教練」「日中戦争」が並列する時代で、その流れは1930年代の和洋折衷・近代
市民文化「昭和モダン」まで続き、第二次世界大戦で、「大正ロマン」的なものは「軟弱で贅沢」「反戦時体制的」として排斥
された。 アールデコ建築では1933年(昭和8年)に朝香宮邸として建てられた東京都庭園美術館が有名であるが、同時
代建てられた新潟の建造物や記念碑、ポスター(新潟築港記念博覧会)などにもアール・デコの影響があらわれている。
 
 今回、小林かいちの作品
同時代の日本的アール・デコの生活グッズ作品
新潟のアール・デコの影響を受けた建物の 写真を展示します
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旧新潟県庁(現市役所位置)
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旧伊刈洋装店(古町3)
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旧小林デパート(現三越)
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三代目イタリア軒
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旧時報塔・昭和天皇記念碑
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旧鏡橋
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旧新潟測候所
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旧日和山展望台
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by moekire | 2011-01-02 02:23