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旧新潟測候所の新しい写真が・・・

旧新潟測候所のつづきです。   (前のページ
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昭和24年ころ・新潟地方気象台 ・ 気象台の歴史
下の↓写真は私の少年時代と同じ子供たちが歩いています。
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昭和30年、測候所の無惨な残がい(国土交通省信濃川下流河川事務所) 下の↓写真はほぼそのころの写真です。
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下の↓写真は女性の足元に多くの残骸がありますので、少し前の写真でしょうか。
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(前のページ アールデコ調建築の『旧新潟測候所』が日本海に沈んでゆきました)
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by moekire | 2011-02-13 12:56  

蔵織のロッキングチェアーはこんな風にたたまれます・・

蔵織のロッキングチェアー
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蔵織の折りたたみロッキングチェアーには焼印があります。
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by moekire | 2011-02-12 15:19  

聖路易 ?? 閣龍 ? ?

にいがた文明開化ハイカラ館の『閣龍とは俺のことかとコロンブスいい・・?』蔵織の折りたたみロッキングチェアーのことが乗っています。
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また、この椅子の裏に木邨茂太家具のラベルが貼ってあり、蔵織のロッキングチェアーの木部には木村茂太の焼印があります。
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3台はにいがた文明開化ハイカラ館さんのもので、中央2台とラベルのある下の1台は新潟の木村茂太家具の製作です。
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上の写真のラベルの右側を拡大します。
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『閣龍世界大博覧会銅牌』 閣龍とはなんでしょう。
さらに右側を拡大します。
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『新潟市 洋家具商工業 木邨茂太』(きむらしげた)という文字ははっきりと読み取れます。
その左側の四角い枠の中の文字は『・・・萬国博覧会銅牌』と読めますが、その上の『・・・・』の部分が分かりませんでした。さらに拡大してみます。
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半分ありませんが、(〇〇 各 日 刀)のような文字です。閣龍がコロンブスとよむので、閣龍世界大博覧会銅牌(シカゴ・コロンブス博覧会1893年・明治26年開催)ということがわかりました。
それでは(〇〇 各 日 刀)のような文字をあれこれ考えてみましたら、セントルイスを『聖路易』と表記することが分かりました。
有名なところでは『聖路加国際病院』(セイルカ)(St. Luke's International Hospital)があります。
ロビン アート スタジオ・良きものとゆっくりと(『聖路加国際病院』といえば、アールデコ建築で、アントニン・レーモンド)



聖路易萬国博覧会銅牌(セントルイス万博・1904年・明治37年開催)と解読できました。

新潟市 木邨茂太 西洋家具商工業
がどこにあったかというとこのへんです。赤い〇印、クリックで拡大します
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明治29年の商家地図でまだ東仲通は出来ていません。東仲通と営所通の交わったあたりです。(木邨茂太氏関連のことが分かる方がおりましたら、ご連絡ください。


にいがた文明開化ハイカラ館の『閣龍とは俺のことかとコロンブスいい・・?』に全文があります。

各国大博覧会受賞
閣龍世界大博覧会銅牌
聖路易萬国博覧会銅牌
諸官省学校御用品
○○○博覧会銀牌
越後・新潟
西洋家具商工業
新潟市 木邨茂太
Manufactured By S.Kimura Niigata japan
商標◇太

閣龍世界大博覧会銅牌(シカゴ・コロンブス博覧会1893年・明治26年開催)
聖路易萬国博覧会銅牌(セントルイス万博・1904年・明治37年開催)


ロビン アート スタジオ・良きものとゆっくりと(『聖路加国際病院』といえば、アールデコ建築で、アントニン・レーモンド)


にいがた文明開化ハイカラ館
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by moekire | 2011-02-11 10:27  

アールデコ調建築の『旧新潟測候所』が日本海に沈んでゆきました

新潟のアール・デコの影響を受けた建物で紹介した、『旧新潟測候所』が日本海に沈んでゆきました。
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(上↑新潟地方気象台の歴史より西船見町時代昭和3年撮影 )右側が日本海、建物裏が西方向です。
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写真の丸印の中に2本のアンテナが見えます。現在の日和山展望台のあたりから測候所のアンテナをみる。(この写真の詳しい説明は『にいがた文明開化ハイカラ館』さんがいずれ・・・)
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(上↑新潟の絵葉書・にいがた文明開化ハイカラ館)新潟のアール・デコの影響を受けた建物
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(上↑新潟地方気象台の歴史より、昭和24年頃撮影)大河津分水完成後、大きな洪水はなくなりましたが、信濃川河口の新潟市では川から流れてきていた砂の補給が減り、河口付近の海岸の決壊が進みました。海岸近くに立てられた測候所は足元の砂が削られ写真のようになりました。
(つづく)



新潟地方気象台 ホーム > 気象台の仕事 > 気象台の歴史
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(国土交通省信濃川下流河川事務所)決壊前の航空写真
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by moekire | 2011-02-04 07:56