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鳥居医院の先生から『新潟の電話70年のあゆみ』をお借りしました

新潟市白山神社前の鳥居医院の先生から『新潟の電話70年のあゆみ』をお借りしました。題字は江川蒼竹
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新潟電話交換局第1回電話加入者名(明治34年3月168加入のうち判明の分)というページに色々載っていた。電話番号15番が鳥居貞鍗次郎
とあります。31番に本家の志賀五作(呉服・はり五)(現・東堀5あぽろんの位置)がありました。庄内屋しんさんと関係があった八木朋直は電話がきらいのようでした。(赤線は画像処理)
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本町6の志賀呉服店(播佐・はりさ)はそばの竹野。坂口仁一郎、鍋茶屋。
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竹山医院、斉藤喜十郎。東堀8・鳥国(料亭)は先回昔の西堀について聞きに来た新潟日報の山田記者の実家です。(戦時中防火のため強制解体させられたそうです。:現・鍋茶屋通の丸伊あたり)
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行形亭、香月堂。最後に、上大川前4、田代三吉(海産物卸)は時計展やお雛様めぐりでお世話になった田代さんのおたくです。


文明開化のハイカラもの=「電話」が新潟へやってきた
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by moekire | 2011-08-30 18:24 | 新潟の昔のこと  

新潟市西港に接岸した復元・北前船『みちのく丸』

北前船日本海文化交流事業で新潟市西港に寄港した復元北前船『みちのく丸』
財団法人みちのく北方漁船博物館財団が建造した。『みちのく丸』
製造期間・平成16年7月~平成17年10月 約9か月 
主要目…全長32m、全幅8.5m、深さ3m、帆柱までの高さ28m、千石積(重量トン150トン)・おもな使用木材…スギ(青森県十和田産)、米松(アメリカオレゴン州)ほか
・船大工…総勢16名、棟梁:新沼留之進氏
復元北前船みちのく丸の内部はこちらをクリック
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帆柱は、船底まで考えると船の全長とほぼ同じくらいの、立派なものでした。
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明治初期北前船でにぎわう信濃川河口(明治初期)『にいがた文明開化ハイカラ館』さんの貴重な写真。新潟信濃川河口を行き交う船が9艘ほど写っている、最盛期は数百隻であったという。
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新潟ハイカラ文庫さんのトピックに『水戸教』の引札が載っています。
『・・・これは明治時代の廻船問屋の引札に現されたものです。凡例の下には、湊の風景が描かれています。船見櫓や水戸教の詰所だった“仁太郎小屋”などが見えます。 この絵(引札)は18日(木)まで、旧小澤家住宅に展示されています。』
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安政6年「新潟湊之 真景」】(新潟県立図書館所蔵)


復元北前船みちのく丸の内部へ

にいがた文明開化ハイカラ館

新潟ハイカラ文庫

新潟ハイカラ文庫さんのトピック

新潟市文化財・旧小澤家住宅修復工事には愛情がない・・・

北前船の時代館・旧小澤家住宅
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by moekire | 2011-08-17 10:45 | 新潟市のこと