<   2011年 11月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 

小国の真福寺の木喰・仁王像(阿形・吽形)と長谷川邸も見学・・・・

先回の木喰ツアーで省いた真福寺の木喰仁王像を見てきました。道中の長谷川邸も見学しました。
真福寺の山門はすでに冬支度がされていました。
d0178825_030144.jpg
真福寺・仁王像(阿形)
d0178825_0252212.jpg
d0178825_025513.jpg
仁王像(吽形)
d0178825_0261265.jpg
d0178825_0262543.jpg
d0178825_0484449.jpg

文化元年(1804)、長岡市小国の真福寺を訪れた木喰上人は、仁王尊の巨像を一木造りで彫り上げた。1本のケヤキの木から作られた、阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)はそれぞれ2m40cm余りもの高さがあり、木喰仏の中でも最も量感あふれるものだ。固いケヤキを使っているにも関わらず、87歳の木喰上人は10日間あまりでこの2体を完成させたという。百貫以上もの木を相手になぜ一人でできたのか、未だ謎だが木材を池に浮かべてくるくると回しながら彫ったという伝説もある。その表情は一般的な仁王とは印象が違い、どことなく愛嬌があり、ユーモラスだ。(新潟県公式観光ガイド
山門天井
d0178825_0522251.jpg
ライオンの狛犬が階段の脇におりました。
d0178825_053743.jpg
d0178825_0532140.jpg
d0178825_0573979.jpg


404号線途中の長谷川邸も見学
d0178825_102238.jpg
d0178825_105894.jpg

武士の出身といわれる長谷川家が、塚野山に居を構えたのは江戸時代の初め頃です。以来山村地主としての地位を固め、代々庄屋を勤めてきました。幕末から明治にかけては近郊4か村の耕地や山林の7割を独占し、180町歩余の田から4000俵もの小作料をあげた豪農です。
 敷地は街道に面した間口約70メートル、奥行120メートルと広大な物で、周囲に濠をめぐらせているのが特徴です。主屋は宝永3年(1706)の大火で類焼し、享保元年(1716)に再建されたと伝えられています。邸内には県内最古の豪農の館であることを示す建築様式が随所にみられます。(長岡市・観光)
d0178825_163847.jpg
d0178825_165414.jpg
d0178825_17288.jpg
d0178825_183858.jpg
d0178825_19137.jpg


つづく「アオーレ長岡」のナカドマがハレの空間なら、『長谷川邸』の享保の『中土間』は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の時空だ。
[PR]

by moekire | 2011-11-26 01:09  

信用していなかった早津さんの前に静御前の霊が・・・

鳥の歌・蔵織共同ツアー『木喰・静御前・雲蝶めぐり』へ行ってきました。
雨の中10人の方が集まり、最後は木喰観音像を手に持つことができて感動の一日でした。
長岡市(栃尾)栃堀にある静御前の墓の前で静御前の霊?が写っていました?!
静御前の墓など全然信用してなかった早津さん(黄色い破れ傘)の前に現れるとは・・・・!
d0178825_8552453.jpg
もう一枚といって3秒後とった写真。早津さんの体が静御前の墓石と重なった瞬間に顕れた。
d0178825_8565843.jpg
早津さんの左手下の柵の石柱前に光っている。( ↓ クリックで拡大)
d0178825_955117.jpg
左の江戸時代に建てられた墓下の前の白いものはペットボトルのキャップ。右の光は白い花か雨のしずくがフラッシュ反射したのかとも思ったが、花でもなく、石柱の反射角度が広角であり、雨粒の反射ならもっとたくさん空中にでるはずである。(デジカメ特有のほこり粒子のフラッシュ反射でもない)
d0178825_9145476.jpg
d0178825_9143076.jpg


d0178825_11103418.jpg
至近距離の塵はピンボケで、遠くの写体よりも強いフラッシュ光を反射するので、丸い白っぽい物体となって写り込みます。蔵織工事中の時の写真。それにしても不思議と神獣鏡のような文様になっています。(クリックで拡大、8個の塵の反射)


2006年の静御前の墓石の写真
d0178825_1231264.jpg
今回の雨の中の石よりも黒く写っていたものは静御前の墓と書かれた木製の杭。
左の墓は江戸時代、セイという娘が墓の傷みを悲しんで、自らはた織りで稼いだお金で立て直そうとしが、18歳で病死した。父が娘の意思をついで建てたものだそうです。
d0178825_12411441.jpg
道向かいに光徳寺があり、静御前の墓を守ってきたが2度の火災にあい、文献は残っていない。お寺裏は広大な台地となっておりはるかに守門岳が見える。冬は数メートルの積雪の中で台地開墾して切り開き生活を立てていたというはなしである。
d0178825_11331243.jpg

また、静御前の墓の谷向かいの部落には那須与の末裔部落(全員那須姓)と城跡と池がある。

さて、光の原因だが、静御前の墓の霊の影響ではなく、どうも早津さん自信の方に原因があるらしい。
d0178825_11411752.jpg
宝生寺の木喰堂前で撮った写真にも早津さんの大事なところに顕れている。
やはり、雨の滴のフラッシュ光反射現象で偶然の出来事である。
d0178825_20151268.jpg


偶然の出来事ではあるが早津さんの所に重なって起きていることは必然である。前立腺に注意だ。



『木喰・静御前・雲蝶めぐり』その② 静御前の墓,貴渡(たかのり)神社・雲蝶作



鳥の歌・蔵織共同ツアー『木喰・静御前・雲蝶めぐり』は感動的だった。 その①へもどる


小国の真福寺の木喰・仁王像(阿形・吽形)と長谷川邸も見学・・・・
[PR]

by moekire | 2011-11-07 12:51