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ラジオ新潟(RNK)制作の針が中心から外側に動くレコードとは・・・、

蔵織でやっている。 第2回 『新潟古時計物語+蓄音器展』のフライヤーを見て、『針が中心から外側に動くレコードを蓄音器にかけて音を聞かせてください』という方からの電話がありました。
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電話の主は西区の鍋谷毅さんでした。昭和30年代始め、ヤマハのエレクトーン(当時約35万円)が新発売され、それを大和百貨店会場で20代の鍋谷さんが演奏したそうです。(当時の初任給が1万円以下)その後、ラジオ新潟(RNK)から依頼があり、ラジオ放送の1日の終わりの音楽(NHKの終了音楽・君が代のようなもの)としてスターダストを演奏したそうです。その演奏をレコードにしたものをラジオ新潟(RNK)の方からいただいたそうです。それ以来一度もかけて聞いたことがないということでした。また、不思議なことにレコード盤の中心から外周に向けて針が動くそうです。外側に針を置いたのですがうまくゆかず、中心の方に置いたら50年ほど前の鍋谷さん演奏のエレクトーンの音色が響き渡りました。鍋谷さんも始めて聞いたと大喜びでした。
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ラジオ新潟(RNK)がレコード盤を造り、毎晩放送終了時に流していたのでしょう。裏面はトワイライトタイムです。1963年5月14日に手渡した日付けがあります。新潟地震の前の年です。ちなみに、RNKはラジオ新潟協会だそうです。
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RNK・ラジオ新潟協会について、昭和30年の新潟大火の時には大和デパートの屋上にスタジオがあった。(にいがた文明開化ハイカラ館より)
大和の屋上左手を良く見ると壁にJODRの文字が見えます。当時民間放送のRNK(JODR-ラジオ新潟=現在のBSN)が昭和27年から大和新潟店屋上、映画館跡のフロアを借りて新潟放送の事務所・スタジオが設置されていました。
下は大火前の柾谷小路からの夜景、すずらん灯と大和屋上に丸にRNKとJODRのネオンサイン下、スタジオの明りがが見える。
新潟大火の時、猛火の迫りくる中、ラジオ新潟、丹羽アナウンサーが大火の実況放送を類焼直前まで続けたことは伝説になっている。新潟放送は大火後に川岸町に移転して現在に至る。
屋上に大和とRNK ,JODRのネオン(にいがた文明開化ハイカラ館・地震・雷・火事・親父

柾谷小路より大和ネオンを写している。工事中なのか歩道はまだ土で水たまりがある。
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焼け落ちた大和。右手の建物は郵便局。大和と重なってすずらん灯の白いガラス球が三つ見える。同じ街路樹も見える。
下の写真は西堀側から大和を写したもので堀の淵の飲み屋が焼け崩れて、瓦礫の坂になっている。その下に堀の石組が見え、左端には現在の三越裏手から観音様(黄金)方向への木の橋(欄干)が焼け残っている。現在のロイヤルホスト(1階コムデギャルソン)あたりからの撮影。
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(にいがた文明開化ハイカラ館・地震・雷・火事・親父)

JOQK新潟放送局
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by moekire | 2012-06-23 17:42 | 新潟の昔のこと  

旧齋藤家別邸が6月9日から一般公開

整備工事が行われてきた旧齋藤家別邸が6月9日から一般公開されます。

旧斎藤家夏の別邸 、北側の窓は意外と明るい
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http://saitouke.jp/ 「齋藤家別邸ホームページ」
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by moekire | 2012-06-07 08:45 | 新潟市のこと